2月14日 頂きました。
個数は非公開です。
有難いことです!
大きくしても、字がはっきりしたので、再アップ。
左下の文字から、人皇七十三代堀川院とある。これは、平安時代の堀川天皇のこと。
応徳三年に即位されている。その当時の地図だと思われる。
拡大していただかないと、判別できないとは思いますが、右真ん中あたりの島に、難波寺の字があります。その右が、四天王寺さんですね。左の方に、太融寺さん。中ノ島、福島、野田。
難波寺の左に、仁徳帝(?)皇居、右に欽達天皇のお名前がある。上は、堀江か? あちらこちらに、見覚えのある地名がある。堺、阿倍野徳道熊野堂、柏原、平野、住吉、百済、味原、信濃橋、小橋、仁徳帝皇居、蒲生、野江、堀江、放出・・・。きりがない。
興味がありましたら、国会図書館のライブラリーにあります。
色々な形のコンサートをやりました。
金管五重奏を基本に、弦楽四重奏、ホルンアンサンブル、トランペットソロ、歌のコンサート(次女)。全てのコンサートで、トランペット吹きました。
年により、まあまあ上手く吹けたり、ちりめんビブラートになったり、ハードプレスで誤魔化したり、てんばってしまったり、あがったりと色々でした。言えるのは、コンサートの初めに、法話っぽいことをすると、ダメでしたね。切り替えが、できないんですね。禅僧としての自分と、ラッパ吹きの自分と。
京都の大法院や巽神社で演奏したときは、切り替えが上手く行ってました。この頃は、落ち着いた自分でした。
大阪仏教テレホン相談室の役員会でやった時もまあまあ。
高校の同窓会は、いつも、あがってましたね。今年の会では、マアマアの演奏ができました。殆ど聞いてもらえなかったけどね。そんなもんでしょう。落語家や日本代表のシンクロ女子コーチが出てるからね。
さてと、今年は何を吹こうかな。ホラかな。
まあ、本当に気分が重いと感じ、なおかつ努力し日常生活を送ろうとしてる方はまだ良い。
それを言い訳にして、これができないのはうつ病のせいだと逃げ込んでる人がいる。
許せないな。辛ければ、カウンセリングを受け、抗うつ剤を処方してもらえば良いんですよね。
人は全員うつ病です。重い軽いがあるだけ。それも、日々変化している。
ああ、今は重いなと俯瞰的に思っていれば、そんなに深い沼に落ち込むこともない。
神経が細やかで、頭のそこそこ良い方は、鬱になりやすい。というか、本能的にそうなるようにプログラムされてるんでしょうね。鬱のまま、生活できれば、それで良いんですよね。
鬱を治そうとか、消し去ろうと考えると、沼です。
気分転換はできるんだから、寝るなり、ネットフィリックスを見るなり、YOUTUBEをみるなり、インスタでぼーとするなり、方法はいくらでも。人と交わることも特効薬。
気楽に、ぼーっとしましょう。
この30分ほど前、住職と喫茶室に行くと、管長様が一人で座ってらした。
勿論、お付の方(持衣)はいらしたが離れて座ってらした。
チャンス!
ささっと近づき椅子の前に膝立ちし、自己紹介。
管長様の僧堂仲間でお親しい成恩寺さんの名前をお借りした。
結構、長くお話でき、ロスチャイルドが正眼僧堂にいらした時のことをお聞きした。
正眼僧堂の梶浦逸外老師は、妙心寺派の管長を勤めた有名な方で、海外にもその名を知られていました。
ヨーロッパのロスチャイルドの当主は、臨済禅を学んでいた方で、どうしても分からないことがあり、老師のところに訪ねてこられた。岐阜県伊深。
お会いして、「体露金風」がどうしても分からないと質問された。勿論、通訳はいらした。
老師は「そんなもん、坐らなければ分からんよ」と突き放され、当時、雲水だった山川宗玄師が禅堂にお連れし、一緒に坐った。暫時して戻られ、老師に「分かりません」と。
老師は、ロスチャイルド氏を見て、ニコッと笑われじっと目を見てらした。
氏は、はっと気づいた!
そして、二人はニコニコと笑顔を交わした。
その後、雲水達十数人と記念写真を撮った。全員、笑顔の写真。ネットに上がってます。
山川宗玄師は写っていない。
シャッターを押して撮影してたから。
良いお話を伺えた。
管長様は、現在、正眼僧堂と由良の興国寺と越前大仏とご兄弟が住職をしてた東村山の寺と四カ寺を兼務されている。管長職は激務。それに僧堂の師家として大摂心には正眼に詰められる。信じられない激務をこなしておられる。そうぞご自愛専一にお過ごしいただきたい。
式の後、会場に入り、妙心寺の重要文化財などを見て回りました。
第三会場に、いてはりました!
難波寺の、大黒さんと地蔵さん。
有り難かった!ほとけさんも、選んで下さった美術館の方々。
いろいろ書きたいんですが、また、次回にします。
まずは、第一報。
自分でも思いもしないフレーズが次々と繋がり、自分でこうしようと思わずに、小節が過ぎて行った。フレーズが天から降ってくるようだった。
国立の頃、大学初のロックバンドの演奏を芸術祭でやろうと、リハーサルしてた。
たまたま、5号館に、タイコの森と2人でブルースやっていた。16小節繰り返していて、思いがけないフレーズで演奏した。森が「三木、今の良かったよ」と。
なんか、コツが掴め、気持ちをこう持って行けばというのを少し掴んだ。
いつもじゃ無いけど、上手く行く時もあった。
芸術祭で、乗って演奏でき皆で喜んでいた。ステージが終わった後、グランドファンクのアドリブなどをコピーした譜面を盗まれていた。いいことあれば、悪い事ある。
花大の時も、軽音楽同好会で、ギター演奏した時も同じだった。ドラムの五十川が上手に叩いてくれ、ベースもジャックブルースみたいに演奏してくれたので、良い演奏できた。
最後の演奏は、札幌で。
国立音大同期の指揮者中田の結婚式でギター頼まれる。
奴が組んでたポップバンドに一人飛び込み、アドリブを弾きまくる。
前日のリハーサルで曲の流れを決めて本番へ。
披露宴の余興で、バンド演奏。勿論、中田もベースで参加。
彼のバンドは、「サーフィンUSA」などビーチボーイの曲を演奏。
私の出番は、ブルース進行の曲のアドリブを担当。
アドリブもうまくいった。ビデオカメラもまわっていた。
花嫁さんがNHKのアナウンサーだって!美人だった。素敵な方。
披露宴が終わり、バンドのメンバーから「なにわのブルースマン」と読んでもらった。
それ以来、ギターは弾いてない。
そうそう、披露宴のために、ギターを新調したんだった。ケースも飛行機で運べるの買ったな。勿論、交通費、食費、ホテル代は持ってくれたよ。前晩に連れて行ってもらったラーメン屋さんは、最高だった❗️ケーキも初めて食べた味だった。
空港行きの電車の駅まで送って貰い、空港へ。
意気揚々と、帰路に着いたのであった。
後日、神戸でも披露宴をやるので、司会を頼まれる。
フランス留学から帰ったばかりで、頼む人がいないんだって。
やりましたよ司会。上手くはできなかったが無事終了。
メインゲストの、朝比奈隆さんを帰りのタクシーに乗って頂き、完了。
朝比奈さんは、有馬学長と少し感じが似た方だった。
心の同期について書こうと思ったが、ギターの話になった。
また、書きますね。