式の後、会場に入り、妙心寺の重要文化財などを見て回りました。
第三会場に、いてはりました!
難波寺の、大黒さんと地蔵さん。
有り難かった!ほとけさんも、選んで下さった美術館の方々。
いろいろ書きたいんですが、また、次回にします。
まずは、第一報。
式の後、会場に入り、妙心寺の重要文化財などを見て回りました。
第三会場に、いてはりました!
難波寺の、大黒さんと地蔵さん。
有り難かった!ほとけさんも、選んで下さった美術館の方々。
いろいろ書きたいんですが、また、次回にします。
まずは、第一報。
自分でも思いもしないフレーズが次々と繋がり、自分でこうしようと思わずに、小節が過ぎて行った。フレーズが天から降ってくるようだった。
国立の頃、大学初のロックバンドの演奏を芸術祭でやろうと、リハーサルしてた。
たまたま、5号館に、タイコの森と2人でブルースやっていた。16小節繰り返していて、思いがけないフレーズで演奏した。森が「三木、今の良かったよ」と。
なんか、コツが掴め、気持ちをこう持って行けばというのを少し掴んだ。
いつもじゃ無いけど、上手く行く時もあった。
芸術祭で、乗って演奏でき皆で喜んでいた。ステージが終わった後、グランドファンクのアドリブなどをコピーした譜面を盗まれていた。いいことあれば、悪い事ある。
花大の時も、軽音楽同好会で、ギター演奏した時も同じだった。ドラムの五十川が上手に叩いてくれ、ベースもジャックブルースみたいに演奏してくれたので、良い演奏できた。
最後の演奏は、札幌で。
国立音大同期の指揮者中田の結婚式でギター頼まれる。
奴が組んでたポップバンドに一人飛び込み、アドリブを弾きまくる。
前日のリハーサルで曲の流れを決めて本番へ。
披露宴の余興で、バンド演奏。勿論、中田もベースで参加。
彼のバンドは、「サーフィンUSA」などビーチボーイの曲を演奏。
私の出番は、ブルース進行の曲のアドリブを担当。
アドリブもうまくいった。ビデオカメラもまわっていた。
花嫁さんがNHKのアナウンサーだって!美人だった。素敵な方。
披露宴が終わり、バンドのメンバーから「なにわのブルースマン」と読んでもらった。
それ以来、ギターは弾いてない。
そうそう、披露宴のために、ギターを新調したんだった。ケースも飛行機で運べるの買ったな。勿論、交通費、食費、ホテル代は持ってくれたよ。前晩に連れて行ってもらったラーメン屋さんは、最高だった❗️ケーキも初めて食べた味だった。
空港行きの電車の駅まで送って貰い、空港へ。
意気揚々と、帰路に着いたのであった。
後日、神戸でも披露宴をやるので、司会を頼まれる。
フランス留学から帰ったばかりで、頼む人がいないんだって。
やりましたよ司会。上手くはできなかったが無事終了。
メインゲストの、朝比奈隆さんを帰りのタクシーに乗って頂き、完了。
朝比奈さんは、有馬学長と少し感じが似た方だった。
心の同期について書こうと思ったが、ギターの話になった。
また、書きますね。
今日、法事に、東福僧堂で一緒だった和尚達が集まりました。
長年住職をされてた霊源院から龍眠庵に移られてましたので、法要は弟子の竹内師が住職をしている霊源院で執り行われました。
四十九日のお勤め、三拝、焼香。
終わって、お昼ごはんを皆でご馳走になりました。
秋田県、島根県、愛媛県、静岡県、愛知県、岐阜県、京都府、三重県、大阪府・・・仲間が集いました。
竹内師が生前の龍眠庵さんの話を詳しく話してくれました。
途中、彼が涙ぐむもんで、私も・・・。
幹事の島根の和尚が、「通夜があるから」と食事もそこそこに退席。
なんか皆さんもぞろぞろ帰路に。同夏(僧堂の同期)も、立ち上がるので、私も・・・。
北駐車場で、記念写真を薬師寺さんのお弟子さん(まことさん)に撮ってもらいバイバイ。
折角、泊まる準備してたのにな・・・。ホテルはどこに、駐車場はここにと計画してたのにな。みんな帰っちゃいました。
第2京阪で大阪へ。空いてること。一時間で帰り着きました。寺族が「早かったね!」
僧堂の人達の中の自分は、いつもと違う自分なのかなと思って、見つめてたが同じでした。
ただ、懐かしくて懐かしくて、別れるのが辛かった。
東先生に各先生を紹介して頂く。
トランペットは、大阪音大の斉藤弘義先生。ピアノを大阪音大の瀧本和子先生。聴音、ソルフェージュを原先生。コーリューブンゲンは東先生が見てくださった。斉藤先生は蛍池。小西先生は西区。原先生は藤井寺。東先生は心斎橋の三木楽器の本店でレッスンして頂き、週一でレッスンを受けていた。
受験の日、教育大は学科がとても難しかった。専科のトランペットも・・・。
国立音大受けてみるかと大胆なこと考え、実行。トランペットは北野せんせいを斎藤先生が紹介しくださった。トランペットもピアノもまあまあ。学科の国語がとても簡単だった。
教育大は落ちた。国立音大が、何と合格💮 母と上の姉が泣いて喜んでくれた。その横で、父が、何が嬉しいねんと怒っていた。
上京して北野先生にご挨拶に行くと、「三木くん、国語最高点だったよ❗️」と聞かされた。
楽器じゃなくて、学科で音大に受かりました。
ラッパの同期は、東京の池野、兵庫の船坂、鳥取の内田、広島の星野、福井の笹倉、大阪の三木。3年先輩に、トランペットの酒井彰さんがいらした。可愛がってもらった。
国立音大の4年間は、花のような日々だった。青春真っ盛り。
卒業時に、東京で音楽の仕事するか、大阪に帰るかで悩んだ。
結局、父との約束を守り、寺を継ぐことに。
花園大学の編入試験。花園禅塾入塾。
東福寺僧堂入門・・・。
「普天を我が手に」は、昨年6月に第1巻、12月に3巻が出て完結しました。
この半年間楽しませて貰いました。
ネタバレになるので、詳しくは書けませんが、昭和元年生まれの主人公4人を中心に描かれます。名前は変えていますが、ああこの人ねと分かる件が沢山。昭和の時代を詳しく書いてあり、フィクションですがノンフィクションみたいに読めました。
私達、高齢者が教えてもらった日本史は、昭和時代はありませんでした。何故かは知りませんが明治時代くらいで終わりましたので、目から鱗でした。
「最悪」「空中ブランコ」「オリンピックの身代金」など、奥田英朗の作品は、やはりマストバイですね。
今日、午後3時半から、大阪市立美術館で「特別展 妙心寺」の開会式に出席してきました。 開会式には 妙心寺管長様、宗務総長など関係者がテープカットをされました。 司会はテレビ大阪のアナウンサーでした。 式の後、会場に入り、妙心寺の重要文化財などを見て回りました。 第三会場...