2026年2月3日火曜日

バンドでギター弾いてた頃

 



高校生の終わり頃から、ギターでアドリブしてて、乗ってくる事があった。

自分でも思いもしないフレーズが次々と繋がり、自分でこうしようと思わずに、小節が過ぎて行った。フレーズが天から降ってくるようだった。

国立の頃、大学初のロックバンドの演奏を芸術祭でやろうと、リハーサルしてた。

たまたま、5号館に、タイコの森と2人でブルースやっていた。16小節繰り返していて、思いがけないフレーズで演奏した。森が「三木、今の良かったよ」と。

なんか、コツが掴め、気持ちをこう持って行けばというのを少し掴んだ。

いつもじゃ無いけど、上手く行く時もあった。

芸術祭で、乗って演奏でき皆で喜んでいた。ステージが終わった後、グランドファンクのアドリブなどをコピーした譜面を盗まれていた。いいことあれば、悪い事ある。

花大の時も、軽音楽同好会で、ギター演奏した時も同じだった。ドラムの五十川が上手に叩いてくれ、ベースもジャックブルースみたいに演奏してくれたので、良い演奏できた。

最後の演奏は、札幌で。

国立音大同期の指揮者中田の結婚式でギター頼まれる。

奴が組んでたポップバンドに一人飛び込み、アドリブを弾きまくる。

前日のリハーサルで曲の流れを決めて本番へ。

披露宴の余興で、バンド演奏。勿論、中田もベースで参加。

彼のバンドは、「サーフィンUSA」などビーチボーイの曲を演奏。

私の出番は、ブルース進行の曲のアドリブを担当。

アドリブもうまくいった。ビデオカメラもまわっていた。

花嫁さんがNHKのアナウンサーだって!美人だった。素敵な方。

披露宴が終わり、バンドのメンバーから「なにわのブルースマン」と読んでもらった。

それ以来、ギターは弾いてない。

そうそう、披露宴のために、ギターを新調したんだった。ケースも飛行機で運べるの買ったな。勿論、交通費、食費、ホテル代は持ってくれたよ。前晩に連れて行ってもらったラーメン屋さんは、最高だった❗️ケーキも初めて食べた味だった。

空港行きの電車の駅まで送って貰い、空港へ。

意気揚々と、帰路に着いたのであった。

後日、神戸でも披露宴をやるので、司会を頼まれる。

フランス留学から帰ったばかりで、頼む人がいないんだって。

やりましたよ司会。上手くはできなかったが無事終了。

メインゲストの、朝比奈隆さんを帰りのタクシーに乗って頂き、完了。

朝比奈さんは、有馬学長と少し感じが似た方だった。


心の同期について書こうと思ったが、ギターの話になった。

また、書きますね。



2026年2月2日月曜日

龍眠庵



 昨年末、東福寺山内 龍眠庵住職 金子慶泉師 遷化されました。

今日、法事に、東福僧堂で一緒だった和尚達が集まりました。

長年住職をされてた霊源院から龍眠庵に移られてましたので、法要は弟子の竹内師が住職をしている霊源院で執り行われました。

四十九日のお勤め、三拝、焼香。

終わって、お昼ごはんを皆でご馳走になりました。

秋田県、島根県、愛媛県、静岡県、愛知県、岐阜県、京都府、三重県、大阪府・・・仲間が集いました。

竹内師が生前の龍眠庵さんの話を詳しく話してくれました。

途中、彼が涙ぐむもんで、私も・・・。

幹事の島根の和尚が、「通夜があるから」と食事もそこそこに退席。

なんか皆さんもぞろぞろ帰路に。同夏(僧堂の同期)も、立ち上がるので、私も・・・。

北駐車場で、記念写真を薬師寺さんのお弟子さん(まことさん)に撮ってもらいバイバイ。

折角、泊まる準備してたのにな・・・。ホテルはどこに、駐車場はここにと計画してたのにな。みんな帰っちゃいました。

第2京阪で大阪へ。空いてること。一時間で帰り着きました。寺族が「早かったね!」


僧堂の人達の中の自分は、いつもと違う自分なのかなと思って、見つめてたが同じでした。

ただ、懐かしくて懐かしくて、別れるのが辛かった。

2026年1月27日火曜日

高校時代の恩師


生野高校に通学いてた時、東保先生から「三木、お前、音大に行ってみないか」と言って頂き、その気になった。その頃の成績では、有名大学は無理だろうしなと考えていた。父は、本山の妙心寺が経営する花園大学に入れるつもりだった。長男にあとを継がせるつもり。そこを、大阪教育大の特音を受験するという事で、一応納得してもらう。入学金・授業料・生活費を出してもらうので。

東先生に各先生を紹介して頂く。

トランペットは、大阪音大の斉藤弘義先生。ピアノを大阪音大の瀧本和子先生。聴音、ソルフェージュを原先生。コーリューブンゲンは東先生が見てくださった。斉藤先生は蛍池。小西先生は西区。原先生は藤井寺。東先生は心斎橋の三木楽器の本店でレッスンして頂き、週一でレッスンを受けていた。

受験の日、教育大は学科がとても難しかった。専科のトランペットも・・・。

国立音大受けてみるかと大胆なこと考え、実行。トランペットは北野せんせいを斎藤先生が紹介しくださった。トランペットもピアノもまあまあ。学科の国語がとても簡単だった。

教育大は落ちた。国立音大が、何と合格💮 母と上の姉が泣いて喜んでくれた。その横で、父が、何が嬉しいねんと怒っていた。

上京して北野先生にご挨拶に行くと、「三木くん、国語最高点だったよ❗️」と聞かされた。

楽器じゃなくて、学科で音大に受かりました。

ラッパの同期は、東京の池野、兵庫の船坂、鳥取の内田、広島の星野、福井の笹倉、大阪の三木。3年先輩に、トランペットの酒井彰さんがいらした。可愛がってもらった。

国立音大の4年間は、花のような日々だった。青春真っ盛り。

卒業時に、東京で音楽の仕事するか、大阪に帰るかで悩んだ。

結局、父との約束を守り、寺を継ぐことに。

花園大学の編入試験。花園禅塾入塾。

東福寺僧堂入門・・・。

2026年1月25日日曜日

Copilot


 ホワイトカラーの消滅だとか、Excelの作業効率化とか。

AI が何でもやってくれる てな事はないんですね。
町会の会計を準備しようとExcelを開き、いつものように去年の表を空いてるところにコピペ。
入力後、プリントアウトしようとするが、シート全体しかプリントできない。
iPodでやってるからかと、OneDriveにexport。デスクトップのWindows に移動。
Officeで立ち上げようとEXCELファイル探すがアップしたファイルが見つからない。
収入・支出の一覧が欲しいのに。
アーダコーダしてるうちに見つかる。アップに時間がかかったようだ。無事プリント終了。

Copilotは、指定したシートの検算はちゃんとしてくれる。
プロンプトなど、もうひと工夫必要だな。

数日前、婦人部の方が来られ、「三木さん、会長やってよ」と。
「それは、無理です」とお断りした。
町会の仕事は、会計だけで手一杯です。

2026年1月20日火曜日

普天を我が手に


 奥田英朗はマストバイの作家🖋️

「普天を我が手に」は、昨年6月に第1巻、12月に3巻が出て完結しました。

この半年間楽しませて貰いました。

ネタバレになるので、詳しくは書けませんが、昭和元年生まれの主人公4人を中心に描かれます。名前は変えていますが、ああこの人ねと分かる件が沢山。昭和の時代を詳しく書いてあり、フィクションですがノンフィクションみたいに読めました。

私達、高齢者が教えてもらった日本史は、昭和時代はありませんでした。何故かは知りませんが明治時代くらいで終わりましたので、目から鱗でした。

「最悪」「空中ブランコ」「オリンピックの身代金」など、奥田英朗の作品は、やはりマストバイですね。

仏様のお出かけ


 

昨年、日本通運の方々が大黒さんを搬出した時の動画です🎥


こちらは、地蔵菩薩です。

ドキドキして見てました。

お二人とも、無事にお帰りになりますように❗️

2026年1月17日土曜日

ワイヤーロック


 山門の前の歩道。歩道と車道を隔てる鉄製の格子枠。

数年前から、自転車用のワイヤーロックが施錠したまま放置してある。

気にして無いけど、気になっていた。

以前、近所の自転車屋さんが、ワイヤーロック🔐外すのに大きな鋏✂️みたいのを使っていた。

コーナン行けば有るな。車で出かけ、コーナンプロで見つける。

大きさもペンチみたいに小さいのから、本格的な工具みたいのまで色々。

値段で決める。ついでに、インパクトドライバーが壊れたので、コーナンオリジナルの安いのをゲット。

寺に帰り、山門前で作業開始。切れなかったら困るなと思いつつ作業。ビッチと切れた。

あー、スッキリした。

バンドでギター弾いてた頃

  高校生の終わり頃から、ギターでアドリブしてて、乗ってくる事があった。 自分でも思いもしないフレーズが次々と繋がり、自分でこうしようと思わずに、小節が過ぎて行った。フレーズが天から降ってくるようだった。 国立の頃、大学初のロックバンドの演奏を芸術祭でやろうと、リハーサルしてた。...