2015年12月13日日曜日

神という概念

子供さんを亡くされた方のお宅へお参りに参りました。
お勤めが終わり、お茶をいただきました。

その方がおっしゃるには、
「神経科のOO先生に、子供さんは神のもとに召されたんですね、と言われとても気持ちが楽になりました。和尚さんが言われて身体が自然の中に帰るというのは、禅宗の考え方ですね。」

葬儀の時に、四大遠離の話をしました。
地水火風に身体は帰りますと。

心や命はどうなるのかということも、お話ししました。

どうも、納得していただけなかったようです。

お話をお聞きしたときは、それで楽になられているならと思い、黙ってお聞きしてました。

「その神はキリスト教の神ですか?キリストの神はキリスト教徒以外受け付けてくれませんよ」
とは言いませんでした。

話を形而上学的にするより、その方の心が楽になれは良いですからね。

私の話し方が不十分で、内容が理解していただいていないということ。
時空間をもっと上手に話さないといけません。

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