2019年7月23日火曜日

第八阿頼耶識



笑うほど立派な床。

人は様々な状況でそれなりの自分を立ち上げ何とか過ごしている。
家族でいる時の自分。
仕事場での自分。
友だちといる自分。
それぞれ違った自分を立ち上げている。

どうしてそんな事ができるのか?

持っている経験からなのか?
生まれつき持っているものなのか?

40数年前、大学で第八阿頼耶識を天龍寺の平田老師から教わった。
ぼやっとした感覚で掴まえた気になっていた。
その中には、良きものや悪しきものが全部ある。
それが我々の意識に立ち上ってくる。

今日、それが腑に落ちた。

そうなんだ。
地獄畜生餓鬼修羅人間天上。
そして、声聞縁覚菩薩仏。
これは、皆、後付なんだ。
問われて仕方なく、そんな理屈を付けただけなんだ。

寒山寺の施餓鬼加担。
ずっと考え続けている。

我々の遺伝は、父母から半分づつ受け継ぎ、そのうち7%の突然変異が含まれているという。
その遺伝の中には、35億年分の情報が詰まっている。
一体、そのうちの何%を意識できるものなんだろう?
嫌悪する情報も嫌というほど詰まっているんだろうな。

今日、元新聞社の社会部の記者が知識をひけらかしてたから、
60代70代の知識情報は、今の30代40代の人には通用しないよ!
なんて、突っ込んでしまった。
思考停止してる人がいるな。
こんなに猛烈なスピードで世界は動いてるのに。
忘れてるな、その世界は・・・。

多弁を弄しました。
お許しください。

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