1月9日は先住職の祥月命日。
皆で、お勤め。
霊具膳を供じ、三拝します。
思い起こせば、平成19年1月9日、デイサービスに行ってた施設から連絡。
誤嚥性肺炎で大阪市立大病院に緊急入院したと。
病院に行くと、父はもう仮死状態。
そばのベンチで、若い娘が泣いている。
そうか、この子が介護していて、誤嚥したのを放置してしまったんだなと気づく。
皆で夜遅くまで病院に詰めていた。
母と妻と三人、車で帰ろうと地下駐車場に行くと電気が消えていて何処に停めたか分からない。リモコンで解錠しながら、地下3階から順に探す。見つかり帰宅。
翌日、朝早く病院から電話。危篤。
急いで病院へ。
遷化。
数日後、介護施設から職員が来、事情を聞く。
姉は怒って追求してたけど、私はアホらしいから不問にした。
今更、金もらっても親父が喜ぶとは思えない
親父は、認知症でたまには、はっきりしていた。
二人っきりの時に、普段通りの会話をしたりしていた。
と思えば、私が摘便をしたことも。
毎朝、妻が股間をタオルで拭いていた。
硬膜下出血の手術をしなければと思ったりもする。
術後、認知症になってしまったから。
脳外科で入院中、見舞いに行くと、看護婦詰め所で、ベラベラ喋っていた。
てなことを、思い出しました。
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