2026年1月27日火曜日

高校時代の恩師


生野高校に通学いてた時、東保先生から「三木、お前、音大に行ってみないか」と言って頂き、その気になった。その頃の成績では、有名大学は無理だろうしなと考えていた。父は、本山の妙心寺が経営する花園大学に入れるつもりだった。長男にあとを継がせるつもり。そこを、大阪教育大の特音を受験するという事で、一応納得してもらう。入学金・授業料・生活費を出してもらうので。

東先生に各先生を紹介して頂く。

トランペットは、大阪音大の斉藤弘義先生。ピアノを大阪音大の瀧本和子先生。聴音、ソルフェージュを原先生。コーリューブンゲンは東先生が見てくださった。斉藤先生は蛍池。小西先生は西区。原先生は藤井寺。東先生は心斎橋の三木楽器の本店でレッスンして頂き、週一でレッスンを受けていた。

受験の日、教育大は学科がとても難しかった。専科のトランペットも・・・。

国立音大受けてみるかと大胆なこと考え、実行。トランペットは北野せんせいを斎藤先生が紹介しくださった。トランペットもピアノもまあまあ。学科の国語がとても簡単だった。

教育大は落ちた。国立音大が、何と合格💮 母と上の姉が泣いて喜んでくれた。その横で、父が、何が嬉しいねんと怒っていた。

上京して北野先生にご挨拶に行くと、「三木くん、国語最高点だったよ❗️」と聞かされた。

楽器じゃなくて、学科で音大に受かりました。

ラッパの同期は、東京の池野、兵庫の船坂、鳥取の内田、広島の星野、福井の笹倉、大阪の三木。3年先輩に、トランペットの酒井彰さんがいらした。可愛がってもらった。

国立音大の4年間は、花のような日々だった。青春真っ盛り。

卒業時に、東京で音楽の仕事するか、大阪に帰るかで悩んだ。

結局、父との約束を守り、寺を継ぐことに。

花園大学の編入試験。花園禅塾入塾。

東福寺僧堂入門・・・。

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高校時代の恩師

生野高校に通学いてた時、東保先生から「三木、お前、音大に行ってみないか」と言って頂き、その気になった。その頃の成績では、有名大学は無理だろうしなと考えていた。父は、本山の妙心寺が経営する花園大学に入れるつもりだった。長男にあとを継がせるつもり。そこを、大阪教育大の特音を受験すると...