昨日、旭区のK寺さんの施餓鬼のお手伝いに行きました。午前10時から午後2時までの法要でした。K寺さんは、男らしく面倒見のいいかたで、遠方からも、お手伝いの和尚さんたちがみえてました。H寺さんは、和尚と長男(大学生)二人で手伝っておられました。長男さんは、花園大学で禅塾という僧堂の予備校みたいな寮に入ってます。最初、和尚方のお茶を出したりしてましたが、法要の後半は、法要に参加しお経を一緒にあげました。立派にやってました。禅塾で鍛えられてるんだなと感心しました。私も、(H寺さんも、)花園大学・禅塾と、全く同じコースを辿っているので、昔の自分を見てるようでした。数年後、彼が僧堂へ行き無事修行を終え、立派に、お父さんの後を継ぐことを祈ります。最近の僧堂は、昔と違うと聞いてますが、私みたいに子供の頃のおやつがハッタイコだった世代と、今の若い世代はベースが違うから、厳しさは変わらないと思います。頑張れ長男君、みんな通って来た道だから。
2008年7月14日月曜日
施餓鬼のお手伝い
昨日、旭区のK寺さんの施餓鬼のお手伝いに行きました。午前10時から午後2時までの法要でした。K寺さんは、男らしく面倒見のいいかたで、遠方からも、お手伝いの和尚さんたちがみえてました。H寺さんは、和尚と長男(大学生)二人で手伝っておられました。長男さんは、花園大学で禅塾という僧堂の予備校みたいな寮に入ってます。最初、和尚方のお茶を出したりしてましたが、法要の後半は、法要に参加しお経を一緒にあげました。立派にやってました。禅塾で鍛えられてるんだなと感心しました。私も、(H寺さんも、)花園大学・禅塾と、全く同じコースを辿っているので、昔の自分を見てるようでした。数年後、彼が僧堂へ行き無事修行を終え、立派に、お父さんの後を継ぐことを祈ります。最近の僧堂は、昔と違うと聞いてますが、私みたいに子供の頃のおやつがハッタイコだった世代と、今の若い世代はベースが違うから、厳しさは変わらないと思います。頑張れ長男君、みんな通って来た道だから。
2008年7月11日金曜日
最近思うこと
今日、檀家のUさんで、最近心の中で蠢くものを言葉にしてみました。
秋葉原での事件で、マスコミは、バーチャルと現実との区別がついていないとの論説が多いですね、でも、バーチャルと現実って、そんなに違うんでしょうか?私たちが現実と思っているものも、結構バーチャルなものが多いですよね。「確かに見たんだからしょうがない!」「そう聞いたんだもん。」。私たちの見るものは、自分で認識したものだけですよね。100見えてたら、その内一つくらいしか認識してない。見たいものだけを・・・。聞くにしても、100の音の1つだけを選り分けて認識してます。これって、バーチャルじゃないでしょうか?現実は100で、自分の認識は1なんです。これって、現実を把握してるっていえるんでしょうか?眼耳鼻舌身意(ゲンニービーゼッシンイ)と般若心経に出てきます。六根(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る、認識する)とか六識といわれるこの六つのものの内、「身」の触った感触くらいが信用できるような気がするんです。友達に会い、「久しぶり!」と握手をする、ハグをする。口で「懐かしい」とか「会いたかった」とかいうより、握手一発で、心が通じ合いますよね。
もう一つ、最近引っかかってるのは、言葉です。言葉って、その言語を使ってる人は、全員同じ意味を持って解釈、使用してるんでしょうか?言葉は便利で必要だから、否定したりはしませんが、あまり信用しすぎるのも危険だと思います。しゃべればしゃべるほど、自分の言いたいこととかけ離れていく経験をしたことがありませんか?言葉は、発音した途端、自分から離れ、相手の認識の中に、相手の考え方で解釈され、整理されますよね。説明のつかないことが、ほとんどではないですか?修行中、「馬鹿になれ!」「大学で学んだことを忘れろ!」と言われたのは、概念では何も解決しないからということを、教えてくれてたんだと思います。言葉、概念を捨てたところにしか、本当のことは無いんじゃないでしょうか?概念は、きっと、因果律(こういうことが起こった原因は、これだ。)を説明するためにできている気がします。因果なんて、人間が安心するための、方便だと思います。何か悩みがあり、その原因を一つに決めたいが為に利用するのが、言葉・概念でしょう。人は、結果に対する原因を一つに決めると、とても安心できます。でも、全てのものは、関連しあってます。人は、関連して無いと生きていけません。ある実験で、人を無音でなにも見えない空間に閉じ込めると、必ず、幻影・幻聴を経験するそうです。見ること、聞くことによって、色々なものと関連してるから、何とか平静に生きているのが人間でしょう。結果に対する原因は無数にあります。全ての存在は関連して成り立っています。
理論・理屈じゃなく、自分の感じたままを素直に受け入れるほうが、「これはあれのせいだ・・・」などとグチャグチャ思い悩むより、楽に生きれるように思います。初一念といいます。最初に感じたことだけで終わりにし、理屈をこねくり回さない!ニ念、三念と始め出すと、自分を苦しめることになるんではないでしょうか?
うまく、書けてるか自信はないけど、このようなことを思う今日この頃です。
2008年7月10日木曜日
蝉が孵化しました!
2008年7月8日火曜日
同い年の人たち

写真は、寺の塀の前の、植木鉢の花です。よく咲いてくれました。
志村けんのプログをよくチェックしてます。とても素敵な方です。同い年かと思ったら、一つ年上でした。同い年の人って誰がいるのか調べてみました。
村上“ポンタ”秀一 五輪 真弓フィル=コリンズ 中村 雅俊 多岐川 裕美 陳 水扁 竹中 平蔵 岩城 滉一 忌野 清志郎 スティーブン=セガール 三宅 裕司 モト冬樹 太田 房江 スタンリー=クラーク ボビー=コールドウェル 柴田 恭兵ピーター=バラカン いしい ひさいち 小林 薫 大杉 漣 スティング(Sting)桐野 夏生 阿川 泰子 江藤 潤 安永 徹(元ベルリンフィル) 松任谷 正隆 ヒロ寺平(FM802のDJ) ジャコ=パストリアス(故人) 桂 南光 浅田 次郎 笑福亭 鶴瓶
いろんな方がいます。それがなんだって?ヘヘヘ・・・
2008年7月3日木曜日
落語
2008年6月29日日曜日
今年も「北の国から」
2008年6月25日水曜日
全国版 妙心寺派檀信徒用 季刊誌
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施餓鬼法要も終わり
施餓鬼は、10人ほどの和尚さんに来ていただき、行道という本堂の中を歩いて経を上げる、 毎年の行事で1番大きなものです。 施餓鬼の片付けが済んだら、お盆のお参りが始まります。 昔、私が中学生になり、坊主頭になりました(学校の決まり)。 一年生の夏、父が「芳樹、棚経まわれ」と。 それ...
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にんべんに思うで、「しのぶ」と読みます。偲ぶ。 人を思うこと。懐かしむこと。 お通夜の時に、よく、お話します。 にんべんに夢で、「はかない」。儚い。 人の夢は、儚いもの。 期待するから、がっかりする。 期待しないと、楽に生きれます。 に...
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若い時、何百回も唱えた「発菩提心空拳章」(ほつぼだいしんくうけんしょう)という和文のお経があります。「 殺生偸盗邪淫慾 悪口両舌綺語妄語」などは印象的でよく憶えています。 「己を捨てゝ人を立て 人の善からぬ罪過を 仮令我身に受るとも 人をば罪に落とすまじ」 ...
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管長様は、東福僧堂に入寺なさった時からのお付き合いでした。 自分に厳しい方で、「横になって寝ない」とおっしゃっていました。 坐睡といい、坐って睡眠をとってらっしゃいました。 京都新聞の記事を、引用します。 福島慶道氏死去 東福寺派管長、世界へ禅の心 国内のみならず米国の大学も回...





