大阪では、今日と明日が、地蔵盆です。朝から、地蔵堂の大掃除をし、地蔵さんの涎掛けを新しいのに替え、提灯をつりました。お供養のお菓子は、前日に、近所の店で買いました。近所の方が、次々と、お供えを持ってきて下さり、すっかり、準備が整いました。夜、6時半に近所の地蔵さんのお経を上げ、7時から、墨掛地蔵(公式HPをご覧下さい。)のお勤めをしました。お勤めのときは、20人くらいだった子供たちも、お菓子をもらえると口コミで聞いて、夜9時に閉める時までには、40数個の供養のお菓子が、配られました。「明日もやってるからね!」と子供たちを送り出します。最近の子供は、お賽銭を持ってくる子がずいぶん増えましたね。おうちの方に教えられてるんでしょうか?別に要らないんだけどね。初めてで訳が分からなく、土足で地蔵堂に上がる子や、鐘・木魚など鳴らしまくる子、お参りせずにお菓子だけもらおうとする子・・・。みんな良い子です。昔、来てた子供が、親になり、子供を連れて来てくれます。長くやってる醍醐味です。本当に有難いことです。
2008年8月23日土曜日
地蔵盆2008
大阪では、今日と明日が、地蔵盆です。朝から、地蔵堂の大掃除をし、地蔵さんの涎掛けを新しいのに替え、提灯をつりました。お供養のお菓子は、前日に、近所の店で買いました。近所の方が、次々と、お供えを持ってきて下さり、すっかり、準備が整いました。夜、6時半に近所の地蔵さんのお経を上げ、7時から、墨掛地蔵(公式HPをご覧下さい。)のお勤めをしました。お勤めのときは、20人くらいだった子供たちも、お菓子をもらえると口コミで聞いて、夜9時に閉める時までには、40数個の供養のお菓子が、配られました。「明日もやってるからね!」と子供たちを送り出します。最近の子供は、お賽銭を持ってくる子がずいぶん増えましたね。おうちの方に教えられてるんでしょうか?別に要らないんだけどね。初めてで訳が分からなく、土足で地蔵堂に上がる子や、鐘・木魚など鳴らしまくる子、お参りせずにお菓子だけもらおうとする子・・・。みんな良い子です。昔、来てた子供が、親になり、子供を連れて来てくれます。長くやってる醍醐味です。本当に有難いことです。
2008年8月17日日曜日
お盆も終わり・・・


今日は、中央区のD寺さんの施餓鬼の手伝い、昨日は、J寺さんの施餓鬼の手伝いと、町会の地蔵さんのお勤めでした。写真は、J寺さんの施餓鬼の様子です。
お盆のお参り(棚経タナギョウ)も、やっと終わりました。8月2日から15日まで頑張りました。東京からKさんが手伝いに来てくださいました。有難かったです。Kさんがいないと、うちの棚経はSTOPしてしまいます。精神的には以前と比べてずいぶん楽になった棚経ですが、体力的には、こたえました。60前だから仕方ないですかね。Kさんが、「棚経のぎょうは、修行の行ですから・・・。」と言ってたのが印象に残ってます。そうですね、夏の行ですね。今年で、45年目の棚経が、すみ、抜け殻状態の私です。
2008年7月29日火曜日
施餓鬼

昨日は、難波寺の盂蘭盆施餓鬼会(うらぼんせがきえ)でした。
74名の壇信徒の方と、8人の和尚さんが、お見えになりました。11時半から、精進料理のお昼ご飯を食べていただき、1時から、法要でした。施餓鬼の導師も慣れてきて、緊張もせず無事終わりました。問題は、法要後の、私のお話でした。いつも同じような話ではと思い、茂木健一郎さんの本を、9冊読み、ねたを探してました。前日の晩寝る前にチェックし、よし、これでなんとかなると思いました。しかし!話し出すと、思ってもいないような展開になり、事前の用意はすべて無駄でした。「心の理論」や「具有性」など面白いネタがあったのにな・・・。話すことと、アドリブは似てますね。始めるまで、どんな展開になるか分かりません。斉藤孝さんの本にも、参考になるようなことがでてたな。結論は、自分の言葉で話せ!ですね。
法要後の片づけをして、フラフラになり、風呂入って寝ようとしたけど、寝付けず、Youtubeで、「北の国から」を見て涙し、寝室で玉置浩二の曲をiPodで聞きながら歌い、眠りました。
2008年7月17日木曜日
大阪仏教テレホン相談室総会2008
昨日、表記の会合がありました。テレホン相談室も、24年目に入ります。本当に良く続いていると思います。開設当時の相談員で亡くなった方も何人かおいでです。残った相談員も年をとりました。(私を含めて)新しく相談員になられた方も沢山いらっしゃいます。何故か、生野区の住職さんが多いですね。相談の一年間の集計を見ますと、相変わらず仏事相談が多いですが、人生相談がほぼ同数あり、世相を反映してるなと思いました。年間、約1000件の相談があるということは、まだ、存在意義があるということだと思います。後何年相談員を続けられるか分かりませんが、頑張ります!東京・岡山・仙台のテレホン相談室も、頑張っていますから・・・
2008年7月14日月曜日
施餓鬼のお手伝い
昨日、旭区のK寺さんの施餓鬼のお手伝いに行きました。午前10時から午後2時までの法要でした。K寺さんは、男らしく面倒見のいいかたで、遠方からも、お手伝いの和尚さんたちがみえてました。H寺さんは、和尚と長男(大学生)二人で手伝っておられました。長男さんは、花園大学で禅塾という僧堂の予備校みたいな寮に入ってます。最初、和尚方のお茶を出したりしてましたが、法要の後半は、法要に参加しお経を一緒にあげました。立派にやってました。禅塾で鍛えられてるんだなと感心しました。私も、(H寺さんも、)花園大学・禅塾と、全く同じコースを辿っているので、昔の自分を見てるようでした。数年後、彼が僧堂へ行き無事修行を終え、立派に、お父さんの後を継ぐことを祈ります。最近の僧堂は、昔と違うと聞いてますが、私みたいに子供の頃のおやつがハッタイコだった世代と、今の若い世代はベースが違うから、厳しさは変わらないと思います。頑張れ長男君、みんな通って来た道だから。
2008年7月11日金曜日
最近思うこと
今日、檀家のUさんで、最近心の中で蠢くものを言葉にしてみました。
秋葉原での事件で、マスコミは、バーチャルと現実との区別がついていないとの論説が多いですね、でも、バーチャルと現実って、そんなに違うんでしょうか?私たちが現実と思っているものも、結構バーチャルなものが多いですよね。「確かに見たんだからしょうがない!」「そう聞いたんだもん。」。私たちの見るものは、自分で認識したものだけですよね。100見えてたら、その内一つくらいしか認識してない。見たいものだけを・・・。聞くにしても、100の音の1つだけを選り分けて認識してます。これって、バーチャルじゃないでしょうか?現実は100で、自分の認識は1なんです。これって、現実を把握してるっていえるんでしょうか?眼耳鼻舌身意(ゲンニービーゼッシンイ)と般若心経に出てきます。六根(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る、認識する)とか六識といわれるこの六つのものの内、「身」の触った感触くらいが信用できるような気がするんです。友達に会い、「久しぶり!」と握手をする、ハグをする。口で「懐かしい」とか「会いたかった」とかいうより、握手一発で、心が通じ合いますよね。
もう一つ、最近引っかかってるのは、言葉です。言葉って、その言語を使ってる人は、全員同じ意味を持って解釈、使用してるんでしょうか?言葉は便利で必要だから、否定したりはしませんが、あまり信用しすぎるのも危険だと思います。しゃべればしゃべるほど、自分の言いたいこととかけ離れていく経験をしたことがありませんか?言葉は、発音した途端、自分から離れ、相手の認識の中に、相手の考え方で解釈され、整理されますよね。説明のつかないことが、ほとんどではないですか?修行中、「馬鹿になれ!」「大学で学んだことを忘れろ!」と言われたのは、概念では何も解決しないからということを、教えてくれてたんだと思います。言葉、概念を捨てたところにしか、本当のことは無いんじゃないでしょうか?概念は、きっと、因果律(こういうことが起こった原因は、これだ。)を説明するためにできている気がします。因果なんて、人間が安心するための、方便だと思います。何か悩みがあり、その原因を一つに決めたいが為に利用するのが、言葉・概念でしょう。人は、結果に対する原因を一つに決めると、とても安心できます。でも、全てのものは、関連しあってます。人は、関連して無いと生きていけません。ある実験で、人を無音でなにも見えない空間に閉じ込めると、必ず、幻影・幻聴を経験するそうです。見ること、聞くことによって、色々なものと関連してるから、何とか平静に生きているのが人間でしょう。結果に対する原因は無数にあります。全ての存在は関連して成り立っています。
理論・理屈じゃなく、自分の感じたままを素直に受け入れるほうが、「これはあれのせいだ・・・」などとグチャグチャ思い悩むより、楽に生きれるように思います。初一念といいます。最初に感じたことだけで終わりにし、理屈をこねくり回さない!ニ念、三念と始め出すと、自分を苦しめることになるんではないでしょうか?
うまく、書けてるか自信はないけど、このようなことを思う今日この頃です。
2008年7月10日木曜日
蝉が孵化しました!
登録:
投稿 (Atom)
施餓鬼法要も終わり
施餓鬼は、10人ほどの和尚さんに来ていただき、行道という本堂の中を歩いて経を上げる、 毎年の行事で1番大きなものです。 施餓鬼の片付けが済んだら、お盆のお参りが始まります。 昔、私が中学生になり、坊主頭になりました(学校の決まり)。 一年生の夏、父が「芳樹、棚経まわれ」と。 それ...
-
にんべんに思うで、「しのぶ」と読みます。偲ぶ。 人を思うこと。懐かしむこと。 お通夜の時に、よく、お話します。 にんべんに夢で、「はかない」。儚い。 人の夢は、儚いもの。 期待するから、がっかりする。 期待しないと、楽に生きれます。 に...
-
若い時、何百回も唱えた「発菩提心空拳章」(ほつぼだいしんくうけんしょう)という和文のお経があります。「 殺生偸盗邪淫慾 悪口両舌綺語妄語」などは印象的でよく憶えています。 「己を捨てゝ人を立て 人の善からぬ罪過を 仮令我身に受るとも 人をば罪に落とすまじ」 ...
-
管長様は、東福僧堂に入寺なさった時からのお付き合いでした。 自分に厳しい方で、「横になって寝ない」とおっしゃっていました。 坐睡といい、坐って睡眠をとってらっしゃいました。 京都新聞の記事を、引用します。 福島慶道氏死去 東福寺派管長、世界へ禅の心 国内のみならず米国の大学も回...

