2018年6月21日木曜日
40年前の 私
40年ほど前だと思います。
同じ生野区にある臨済宗寺院の、東福寺大阪別院で坐禅会が再開されました。
京都東福僧堂に新しい老師さんがお見えになったのが、きっかけです。
福島慶道老師。
当時は雲水も大勢でした。
大阪まで老師について、坐りに来てくれました。
1時間半 坐禅
1時間半 講座(老師の講義)
18時から21時まで。
毎月一度。
20年近く続いたと記憶しています。
3時間坐り詰めだと足が辛かったな。
坐禅会の直日(じきじつ 坐禅を取り仕切る役)は、最初の回だけ、京都妙心寺山内
大法院 肥田自豊師が務められ、二度目から私が務めました。
本格的な坐禅会でした。
私も若かったので、毎回、雲水たちに厳しい警策をあてていました。
東福僧堂の雲水たちには随分嫌な和尚だったと思います。
嫌われていました。
ま、こちらも一生懸命だった訳で・・・。
当時の別院の輪番は永井さんでした。
仏様のような和尚さんでした。
正眼僧堂の会長をなさっていました。
長男の南明院(東福寺山内)、副住職の、次男せっさん。
現在は、成恩寺と名前が変わり、せっさんが住職をなさっています。
せっさんも、正眼僧堂の会長さんです。
そういえば私の父と永井さんは親しくしてました。
生野区は臨済宗寺院が2ヵ寺しかないので、まともに話ができるのは永井さんだけでした。
ふと、父を思い出しました。
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