2025年11月13日木曜日

幹事会


11月8日12:00 難波寺書院にて同窓会幹事会。

8名が招集され、翌週土曜日15日の、生野高校21期同窓会に向けて会議をする。

クラスごとに1名幹事が出る。10クラスあったので10名の幹事。2人は欠席。

一番遠い人は神戸市から参加。

和光庵の弁当を取り、先に昼食。

食後、代表幹事を中心に話が進み、無事終了。


写真の左下に、私の顔の一部が映り込んでいる。

もう一名は、フレームアウトしてしまった。ゴメン。


明後日のことは、また、アップします。

 

2025年10月26日日曜日

同窓会リハーサル


 11月15日に高校・学年の同窓会がある。出席は62名。

会場は、堂島の150人が坐れる大きなイタリアンのレストラン。100人分のスペースを借りる。食事はビュッフェスタイル。

今年の春辺りから各クラスから幹事を選び、幹事会を開いている。10名ほどが集合。13クラスあったけど女子クラスからは幹事がでない。

元高校教師の幹事の一人が、自分が参加した同窓会で、同窓会業者に一任して、案内状、集計、レストランの手配、当日の受付・名札・司会までやってくれたという話。

最初の幹事会でそれにしようと決まる。会費は中程のを選択。

それでも、出席者集めは各幹事が動いた。最初、48名しか集まらず、皆で勧誘し62名までもっていった。ネットだけの招待ではなかなか集まらない。ログインすらできない人続出。結局、ハガキの案内に変更。

出し物をどうするか?前回も演奏したので、自分からトランペットを吹くと申告。

後は、10人くらいで、懐かしの和製フォークをギター・1本で合唱。「若者たち」「遠い世界」「思えでの渚」。

私の演奏は、前回みたいに何曲もやらず、カラオケCD流しっぱなしで、3曲吹くことにする。

「見上げてごらん夜の星を」「愛の讃歌」「踊り明かそう」ノンストップ・15分で終わるから。

数ヶ月前から練習。徐々にできてきた。スマホで動画を自撮りする。最近、youtubeのアップは5分間までになっているようなので、気をつけないと。

先日、フォークを歌う同輩から、イントロと間奏吹いてくれと頼まれる。

まあ、各挨拶は他の幹事がやってくれることになったので、引き受ける。

最後の幹事会は、難波寺・書院でやることになる。

今までの幹事会は、喫茶店、アパートの一室、マンションの一室など、レンタルスペースでやったので、レンタル料の要らない、時間制限もない三木の寺になったようだ。駐車場も有るしね。煎茶・お茶菓子付きネ。

2025年10月9日木曜日

MS 365


 

町会の班別集金表をアップデートしようとマイクロソフト365 を開くと、いつも使ってる町会のファイルが行方不明!

やっと探し当て、作業開始。あれ!何もできない。旧バージョンのせい。エクセルをバージョンアップして、無事作業終了。

ソフトのバージョンアップは良いけど、ファイルが行方不明になるのは困ったものです。


2025年10月2日木曜日

三井寺末寺


 難波寺は開創当時は華厳宗であった。

しかし南都六宗は全国には広まらず奈良中心の宗派であった。

大阪にあった難波寺はいつの頃からは不明だが、三井寺の末寺になっていた。

天台宗には、2つの派があり、山門派は比叡山延暦寺、寺門派は三井寺が本山となる。

三井寺は天台門宗として発展した。1300年前と伝わっている。

難波寺は1250年前西暦752年創建だから、ほとんど天台門宗として存在してたようだ。

寺にある大黒さんは、八面六臂の天台宗寺院によくある形をしていて、昔から信仰を集めてたようだ。御札に押印する大黒像や由緒の判子が現存している。

少し大きめな像なので珍しいらしい。御厨子に入っておられる。

寺の脇仏の不動像、毘沙門像は、天台宗の祀り方らしい。

妙心寺塔頭・後花園院の卓堂和尚が再建したのは江戸時代。臨済宗妙心寺派になった。当時、随分、荒廃してたらしい。

歌舞伎の茜染野中隠井(あかねそめのなかのかくれい)が生まれたのは妙心寺派になってからのようだ。演目の野中は、野中の観音さんと当時呼ばれていた由縁。

歌舞伎で件の演目が上演されるときは、役者さんがお参りに来られる。

私が知ってるのは、先代の中村仁左衛門さんが、お供の方たちとお見えになり、丁稚長吉が投げ込まれたという井戸枠などを見ておられた。新聞記事になり、切り抜きが残っている。


2025年9月26日金曜日

寺物調査 2


 江戸時代のもの。

白隠禅師の軸は多く残されているが、色のついた絵は珍しい。

寺物調査


 再来年、本山の妙心寺は微妙大師の遠忌を迎えます。

記念の展覧会が各地で開催されます。

そのため、全国の妙心寺派寺院を専門家の方々が調査してます。

一昨日、難波寺にも来られました。

何時間も仏像を撮影されてました。

最終的に、地蔵菩薩像と白隠禅師の掛け軸が、展覧会に出品される事になりました。

以前、天王寺美術館の方が調査に見えた時に「この地蔵さんは大したものです」と話されてました。むかしのコマーシャルじゃないけど「ほんまやったら国宝なんやけどな」。

写真は、大黒さんの像を筆で埃を落としてはります。

では、地蔵菩薩像の写真です。




施餓鬼法要も終わり

施餓鬼は、10人ほどの和尚さんに来ていただき、行道という本堂の中を歩いて経を上げる、 毎年の行事で1番大きなものです。 施餓鬼の片付けが済んだら、お盆のお参りが始まります。 昔、私が中学生になり、坊主頭になりました(学校の決まり)。 一年生の夏、父が「芳樹、棚経まわれ」と。 それ...