2019年5月10日金曜日
ムジカ・ピッコリーノ
久しぶりにムジカ・ピッコリーノを観たらキャストが大幅に変わっていました。
ギターに浮雲さんが入ってました。
5分間の短い番組です。
NHK教育。
身体は全てリンクしてます。
どこかが悪いとそれをカバーするためにあちこちが働き無理をします。
そして、悪いところがどんどん広がります。
修行中、接心の時に分かりました。
坐禅ばかりしてると、足首と膝が痛みます。
段々、足の付根、腰、肩、首と全身が痛みます。
どうするか。
そのままほっときます。
痛い痛いと思い始めると、余計痛くなります。
ああ、私は今痛みを感じてるんだなと思えば少しだけ楽です。
現状肯定。
記憶と期待の間。
私達は過去と未来の間で生きています。
過去は記憶。
未来は期待。
現在は刹那。
あっという間に過ぎ去り過去になります。
明後日だなと思ってたら、今日になっていませんか?
現在を固定しないと、過去も未来も無いですよね。
この瞬間を固定しないと明日も昨日も存在しなくなります。
固定するというのも観念でそう決めているだけ。
心はいつも動き続き止まることはありません。
宗久さんがおっしゃってました。
心は、ころころ変わるからココロ。
年取って我儘なのは、自分を変えたくない、このままが心地よいと思ってる。
人の迷惑顧みず ってやつですね。
助言しても分からない。
自分で気付くのを待つしか無い。
悟りを開いたとか言ってるけど、その瞬間、刹那を経験したわけで、その環境から出れば果たして悟ったままなのか?
いろんな本に、自分と同じようなことを思ってる方が数多くいるんだなと最近特に感じます。沈思黙考すると同じところに出るのかな?
う〜ん、村上春樹の井戸やトンネルのことを思い出したりして。
春樹の作品の中に、よく出てくる設定が、誰もいない処に一人で長い間暮らすという。
考えれば、行き着く処、誰にも依存できないんだよね。
親兄弟は勿論、つれあいも。子供に夢は託せるか?依存はできないよね。
一人で生きていけるもん!と若い頃強がっていたが、年取ったらそれが現実になったな。
一人でいると孤独感。
二人でいると劣等感。
三人でいると疎外感。
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