2020年9月30日水曜日
第22回オータムコンサート
2020年9月14日月曜日
20日の彼岸法要の供物
今日、彼岸法要の御供物を、いつもの絹笠に電話しました。
あべの店が閉店になり、本社工場に電話してくれとのことでした。
最初、去年の注文を確認。注文してると、一升五合取りの色小餅はできないとのこと。
おはぎを注文すると、それも駄目だと言われ、そらあかんでしょ。
いつも傘の餅を頼んでる、少路の旭堂に頼んでみました。
なんとか、おこわ・色小餅・上用饅頭・おはぎ、受けて頂けました。
良かったー!
これも、コロナの影響なんでしょうか?
絹笠は30年くらいの付き合い。何も無ければ良いのですが・・・。
人の良い店員さんばかりなのにな。
フリーパワー ってご存知ですか?
ちょっと見慣れないギアですね。
東京のオリンピックが独占販売してた、アシスト機能のついた部品です。
先日、30年以上乗ってる自転車の前輪のスポークが外れて、近所にできたダイワサイクルに修理に行きました。
修理は1000円でやってもらいました。
ふと店内を見ると、「電池のいらないパワーアシスト 」と表示された自転車がある。
あっ!これってネットで見たやつだ。
試乗し、性能を確認して。
注文しました。
フリーパワーが取り付けられる自転車と付けられない車種があるそうです。
1週間 待って 完成。
30数年ぶりの新車。
快適です。楽です。
2020年9月9日水曜日
趣意書返し
今日は久しぶりに大阪仏教テレホン相談室の役員幹事会が梅田の太融寺で開催されました。
三密を避け間隔を開けて坐りマスク着用で会議は始まりました。
今年の6月末日まで私が事務局長を務めていました。
議事が進むに連れ、気が付きました。
前回の研修会の時の会議で、ある宗派の方々が、事務局を総攻撃してこられました。
こっちは怒るわけもいかず、誰も助けてくれないので、無難に纏めて会議は終わりました。
あっ!そうか!!
20年以上前、大念仏寺で会議をした時、ある方が「女が大学に行くなんておかしい」
若かった私は脊髄反応で「そんな時代じゃないでしょう!」と反論しました。
その頃からでした。
「テレホンに三木といううるさいのがいてる」という噂が広まりました。
思い出してみると、何度もひどい言葉を浴びせられました。
なんでそんな事言うのかしら?とその時は知らん顔しました。
そうか、趣意書替えしか!
私の遠慮のない発言が皆さんに迷惑をかけているんだと気が付きました。
「テレホンなんか古い」「掛かってくるのは常連ばかり」「相談員が足りない」
35年以上やってると、無理はないですよね。遠因は私にもあるわけで・・・。
LINEのグループでつながってる10数人の相談員の皆さんは良い方ばかりなんで
潰してしまうには勿体ないし。
ああ、誰か役員替わってくれないかな?
疲れちゃった。
2020年8月28日金曜日
自分てなんでしょうね?
私はこうだと断言できることはありますか?
好きな自分や、嫌いな自分。
中学時代、中学生らしくしなさいと言われ、なんなん?と思った。
らしくってなんなん?
一人でいるときの自分。
コロナ騒ぎで、一人の時間が増え、そんなこと考えませんでした?
四苦八苦の中に、怨憎会苦 ってあります。
嫌な、嫌いな人と会う苦しみ。
でも、好きな人と会うと素敵な気持ちになります。
自分は孤立しては存在しません。
私以外のものに対すると、自分ができます。
反射的にそういう自分を作ります。
意識的ではなく反射的です。
花を見たとき、空を見たとき、海を見たとき、それぞれ違った自分が出てきます。
自己保全本能により、これは危ない、これは大丈夫と感じます。
無我夢中の時、やはり一つの自分に集中してます。作ってます、自分というものを。
西田幾多郎が絶対矛盾的自己同一といったように、相対的な自分と絶対的な自分が全く違いながら並列的に存在しています。
例えれば、桜の花を見た時、見た瞬間は桜だと意識してません。
0コンマ数秒してから、花だ、綺麗だ、桜だ等と、数珠つなぎ的に思いが湧いてきます。
この0コンマ数秒の間が、絶対的な本来の自分です。
なにも思わない瞬間です。
ここが無心というところではないでしょうか?なんてね?!
無意識の中には、天にも登る気持ちから、塗炭の気持ちまで、各種取り揃えて内蔵しています。それらが勝手に現れて、自分だと思うものを形成しています。
他人の目、世間体、媒体となるものは数知れず。
自分探しは、止めましょう。そんなものどこにもありません。
ほんの一瞬、何も無い私に気が付けば、楽になるだろうな。
無心になるのではなく、無心だと気が付くのです。
2020年8月25日火曜日
似た話
ふと気が付いた。
山川宗玄老師の話と、安永素堂老師の話がちょっと似てた。
山川老師の話は、師匠の逸外老師のお付きをしたた時、月イチの法話の内容が何時も同じ。
毎回来てる信者さんに、同じですねと聞いたら
「そうですね、同じですね。でも毎回違うんですよね」
山川老師は、ハッとしたそうです。
安永老師の話は、カトリックの高齢者介護施設の話。
介護受けてる一人に神父さんがいらして、毎日法話をされる。
いつも途中から、自分が得意の同じ話になっていき、それを聞いてた高齢者の方々が
毎日 感動し、中には泣き出す方もいるそうです。
話はいつまでも終わらない。
食事の世話をしてる係の方が
「はーい、皆さん、お食事ですよー!」と鍋を叩き知らせます。
それが、法話の終わりになるそうです。
なんか、似てるな と思いました。
2020年8月24日月曜日
地蔵盆が終わりました
今年の地蔵盆は、コロナの影響で23日は参詣者ありませんでした。
一人お勤めをしました。
でも、24日は沢山の方がお参りに来て下さいました。
有り難いことです。
これでお盆の行事は全て終わりました。
明日から暫く休日になります。
なんて、どっか旅行するわけもなく、寺で自粛ってやつですか?
まあ、明日になれば又用事ができます。
有り難いことです。
施餓鬼法要も終わり
施餓鬼は、10人ほどの和尚さんに来ていただき、行道という本堂の中を歩いて経を上げる、 毎年の行事で1番大きなものです。 施餓鬼の片付けが済んだら、お盆のお参りが始まります。 昔、私が中学生になり、坊主頭になりました(学校の決まり)。 一年生の夏、父が「芳樹、棚経まわれ」と。 それ...
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にんべんに思うで、「しのぶ」と読みます。偲ぶ。 人を思うこと。懐かしむこと。 お通夜の時に、よく、お話します。 にんべんに夢で、「はかない」。儚い。 人の夢は、儚いもの。 期待するから、がっかりする。 期待しないと、楽に生きれます。 に...
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若い時、何百回も唱えた「発菩提心空拳章」(ほつぼだいしんくうけんしょう)という和文のお経があります。「 殺生偸盗邪淫慾 悪口両舌綺語妄語」などは印象的でよく憶えています。 「己を捨てゝ人を立て 人の善からぬ罪過を 仮令我身に受るとも 人をば罪に落とすまじ」 ...
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管長様は、東福僧堂に入寺なさった時からのお付き合いでした。 自分に厳しい方で、「横になって寝ない」とおっしゃっていました。 坐睡といい、坐って睡眠をとってらっしゃいました。 京都新聞の記事を、引用します。 福島慶道氏死去 東福寺派管長、世界へ禅の心 国内のみならず米国の大学も回...



