2009年3月29日日曜日

未亡人の方が経験すること


写真は、うちの脇仏 毘沙門天です。

私の母は、父が亡くなってから、夜中に本堂から「おーい!」という、父の声でよく目を覚ましてました。父は母の名前でなく、いつも「おーい」と呼んでいました。

私は、まだ若い頃、50代でご主人をなくした奥さんのところに、中陰(七日七日)のお参りに行った時、奥さんが、「主人が、見えるんです。」と訴えられた時、「それは、気の迷いで、そんなことは無いんですよ。」とお馬鹿な対応をしていました。

聞こえるんだから、見えるんだから、その方にとっては「ある事」なんですね。それを、頭から、気の迷い、迷信などと否定するのは、傲慢!です。

苦しんでる時、悲しんでる時は、肯定するべきではないでしょうか。「悲しい!」「辛い!」と訴えられてる方に、否定で応じるのは、相手の気持ちを考えず、自分の考えを相手に押し付ける自分勝手な行いだと思います。

認知症の方の介護をされてる方も、「全面肯定」をお勧めします。

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