幼稚園・小学校と何事もなく過ごしました。中学に入ったとき、一回目の転機が訪れました。
ひどく柄の悪い中学で、卒業式には毎年、警官が来てました。何とか順応しようと、皆と同じラッパズボンをはきました。足が短いので、一般の生徒とは違うシルエットになってしまいましたが、そんなことにかまってられませんでした。言葉使いも、所謂 河内弁、例えば「ナニサラシトンジャワレ!」とかです。酷いものでした。
高校に入学し、二回目の転機。ラッパズボンをはいて、高校に行くと、クラスの連中は、勉強はできるし常識はあるし・・・。百人一首や、俳句を吟ずる生徒。これは、世界が違う!と思った私は、常識のある高校生になりました。ホンマカイナ?
そして、上京・大学入学の時が、三回目の転機。そりゃーそうでしょう。全国から東京に集まった学生なんだから、半分は標準語。もう、これだけで、カルチャーショックです。一生懸命、標準語を使い、大阪弁が出ないよう勤めました。そんなこと、かまわないんだけど、田舎者と馬鹿にされるのが怖かった・・・。同じ大学の学生と話してみても、同レベルもいるんですが、完全に大人の会話をする学生が何人もいました。気後れしましたね。後でよく聞くと、国立音大は、東京芸大を二浪も三浪もした人が、たくさんいるので、同じ学年でも、年は隨分違うことが分かり、納得!
四回目の転機は、僧堂に掛搭(カトウ 入門すること)した時です。僧堂のことは、また別の機会に書きます。
おまけ M君のギャグ 1、オーケストラのバイオリンの第一プルトと第五プルトの違いは?
答え:「半音」
2、なすがまま、きゅうりがぱぱ
お粗末・・・
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